2017/03/11

ふるさとって程でもないけど

先日ちょっとした空き時間があり、たまたま自分が小1〜高2まで住んでいた場所が近くだったので少し歩いたワケです。

春になると土筆がたくさん生える草むら。
何かの本で土筆のバター炒めレシピを見て、作って食べたけど、とても不思議な味だった(不味いとも言う)

太陽が出てるのに月が見えるのがどうしても納得できなかった。

同じの野球部の友達が住んていた団地。
公文に通ってて超頭良かった。
学区のNo.1高校に受かって、公文てすげーなと思ったと同時に、自分には向いてないと思った。

公園が残っているとなんだか嬉しい。
よくあるやつで、子供の時は広く感じた場所も、大人になって行ってみるとすっごい狭かったり。
あれは多分、広さじゃ無くて、その場所から受ける情報の量なんだと思った。
大人になると変な経験値があるから、大雑把に俯瞰して「こういんもんだ」って決めつけて結論出しちゃうのね。
子供の頃は、砂利のカタチ一粒づつとか、葉っぱの葉脈まで、日が暮れるまで観察してたもんだ。
公園一つで無限に遊べた。
忘れちゃいけないね。

小学校の通学路のケヤキ並木
当時はまだ植えたてですごく小さなケヤキだったのに、立派になっちゃって...


僕もこんな感じだったのかな

もうちょいでウチってとこで耐えきれずに○ん○漏らしてしまった現場。
たまたまメチャクチャ嫌いだったオバサンが通りかかり、僕が鍵っ子だってのを知ってたから自宅まで連れてってくれて、風呂貸してくれて、洋服までキレイに濯いでくれた。
人を先入観で判断しちゃイケナイなってのを教わったな。

本気で忍者になりたくて、この壁を毎日のように修行とか言って登ってた。
あの頃は周りが全部畑だったので、とても集中できる場所だった。
けっこう高いね。

で、修行もレベルアップしていき、このビルの屋上に侵入したらドえらい警報がなって、スーツきたオッさん大勢に囲まれた記憶が蘇る。
「あ、おわった・・・」っていう嫌ぁ〜な感覚を知った場所。

登ると枝が折れてしまうほど若い樹木だった。
こんなに立派になって...

幹がツルツルしてて登りにくいんですよ。
サルスベリって名前にエラく納得して感動したのを覚えてる。


そんな僕を見て心配になったのか、少しの間サバイバル教室みたいなのに通わされたことを思い出した。
今は切り株になってたけど、この木の上に小さな小屋を作って、拾った王冠を溜め込んでたのを思い出す。
確かアカシアの木で、まあるい葉っぱが草笛にちょうど良かったな。

小学生の時に付き合ったて(笑)子が住んでたマンション。
5、6年生の時にはほとんど毎日一緒にいた。
でも中学に入った瞬間会話が無くなり、彼女は同じ野球部の友達と付き合ってたということを後でしったという黒歴史。

まあとにかく坂だらけの土地でした。

あいやー
畑しかなかったのに

夜な夜なここで素振りしてたな

まだまだ変わっていくのね。

人それぞれ、何を見て何を感じているのか。
年齢とかそういうの関係なくて、いま、この瞬間、自分に耳を傾ける時間を持つということ。

ふとした時に、自分にとって意味のある時間だったと気付ける。
自分の存在を客観的に感じるという不思議な体験ができる。

それが明日からの、また新しい価値につながる。

人の歩みってのは面白いですね。